津田岳宏の事務所

無料ブログはココログ
2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

トップページ | 2012年12月 »

2012年11月

2012年11月28日 (水)

ノーレート麻雀ネットワーク ニューロン

ノーレート麻雀を推進している「ニューロン」という団体がある。
そのホームページでは、ニューロンを取り上げたテレビ番組の模様を見ることができる。


私もこれを見たが、本当に素晴らしい。
印象に残ったのは、女の子が「おばあちゃんは麻雀が強いので尊敬している」と言うシーン。
ネトゲでは、こうはいかない。
孫よりも祖母が強く、しかも、孫も祖母も夢中になれるというゲームは、そうはない。
老若男女を問わずにコミュニケーションツールとなる麻雀というゲームの魅力を改めて再認識した。

誰も賭けていない。
たばこを吸っている人もいない。
店内は明るく、空気はきれい。
家族連れも多い。

ニューロンの教室でおこなわれる麻雀には、不健全(と世間が思うよう)な要素は一切ない。

多くの人がこれを見てくれれば、世間の麻雀へのイメージも少しは変わるだろう。
もっと頻繁に、メディアが取り上げてくれればと思う。


ニューロンは、まだ都内近郊にしかないようだ。
私の地元の関西にはまだできていない。

この素晴らしい団体の教室が全国各地にどんどん増えていくことを期待している。



私は「少額の賭け麻雀」がいかに健全か、ということをどんどんうったえていきたいが、世間のイメージが「ギャンブル=悪」である以上、健全なノーレート麻雀の推進をしていくことも、麻雀のイメージアップには絶対必要である。
アルコール依存症になる危険があるのに、禁酒法をつくれとは誰も言わないのは、酒のプラスの効用を、みんなが知っているからである。
麻雀も、麻雀のプラスの効用が大きく知れ渡れば、「一般的にされている少額の賭け麻雀」の合法化も、少しは現実化するだろう。

ニューロンの発展・拡大を切に願う。


なお、ニューロンの代表者池谷雄一さんは、世界麻雀選手権第3位の実績を持つすご腕雀士である。
上記番組では、池谷さんが3人の若者に胸を貸して対局するシーンもある。
この戦いにも、将棋や囲碁とは異なる麻雀の魅力が詰まっているので、必見だ( ̄▽ ̄)

2012年11月27日 (火)

ウインズにて

日曜日、ジャパンカップを買いにウインズに行ったときの話である。
人でごった返す中、3歳くらいの子どもを抱っこしながら、馬券を買っている人がいた。
子どもは、「何でお馬さん書くの~」とかわいい声を上げていて、周りの人が振り返っていた。

リアル両津だ、すげえ

とは思ったが、やはり子どもの教育には良くないだろう。


ギャンブルは、酒と同じである。
大人のアクセントとしては認めるべきであるが、依存症の可能性がある以上、未成年に対しては強く規制すべきである。


ラスベガスのカジノでは、未成年を入場させることは絶対に許されない。
もし、未成年を入場させたことが発覚すれば、カジノにはライセンス剥奪などの厳罰が下される。
このとき、「未成年には見えなかった」という弁明は、決して通らない。
なので、カジノ側も、IDチェックなどを厳しくおこない、絶対に入場させないよう自衛している。
もちろん、親が幼児を連れてカジノゲームをすることも、禁止されている。

その点、日本は甘い。
日本の賭博法は、よけいなところを規制して、規制すべきところに甘いように私は思う。


それはさておき、競馬である。
私の競馬ほど「下手の横好き」という言葉が当てはまるものはない。

春の天皇賞、私の狙い目は、ビートブラックだった。
3200でオルフェ以外は群雄割拠。ビートぐらいがちょうどいい狙いに思えた。
これは大正解だったのだが・・馬券は大外れ。
だって私の馬券は、オルフェ1着固定だったから。

続く宝塚記念。
オルフェが来るかどうかさっぱり分からないレースなど買えるか、というわけで見。
すると、あっさりの勝利。



そんなオルフェーブルだが、凱旋門賞に勝ってくれたら、全てチャラにするつもりだった。
世界最高峰のレースで、世界の強豪を蹴散らして、日本の馬が勝つ。
その痛快感は、お金で買えないものである。

ロンシャンの4コーナーを回って圧倒的な脚で抜け出したとき、私は鳥肌が立った。
シドニーで高橋尚子がサングラスを投げてスパートしたときに感じたのと同じ鳥肌だった。

が、しかし・・

そこで斜めに走るかよ、お前w


やんちゃな天才、オルフェーブル。
こういうキャラの馬は、どうしても好きになってしまう。
今回のジャパンカップも、オルフェと心中した。

結果・・馬券は取った。
しかし、まさかの取ってのマイナス。
オルフェ‐ルーラー、の馬連を本線にして手厚く買っていたのである。
お前のスタートはデジャヴだよ、ほんとw
ま、ルーラーの出遅れ癖を知っててワイドにできないところが、私の下手くそさなのだがw



そろそろ残高も貯まってきたと思われるJRA銀行の口座。
その暗証番号を解読できる日は、まだまだ先のようだ。

2012年11月24日 (土)

麻雀裁判

「麻雀人口はかなりの数にのぼり、しかもそのほとんどが賭麻雀であることは公知の事実である。賭博行為の処罰根拠に照らしても、金銭を賭けた場合、理論上であるにせよ、一律に賭博罪の成立を肯定することは余りにも現実と遊離した思考といえよう」
(岡野光雄著「刑法要説各論」から)

「少額の賭麻雀等の構成要件該当性は否定されるべきである」
(前田光雄著「刑法各論講義」から)



賭博罪で検挙された麻雀店の弁護を私が担当したとき、私は無罪の主張をした。

その店のレートは、テンゴ(1000点50円)とピン(1000点100円)であった。

刑法185条ただし書は、「一時の娯楽に供する物を賭けたにとどまるとき」は賭博罪にあたらない、としている。

テンゴやピンの麻雀で賭けられるお金は、まさに「一時の娯楽」という表現がぴったり当てはまる。

裁判でも、「一時の娯楽」に該当するので無罪である、と主張した。


しかし、裁判所は、私の主張をしりぞけた。


裁判所は、ピンはおろかテンゴについても、「一時の娯楽」にはあたらないと判断した。


この判断は、従前の判例を踏襲したものである。
「金銭は『一時の娯楽』にあたらない」とした大正時代の判例以降、裁判所はずっとこの見解を採っている。
この見解のもとでは、ピンだろうとテンゴだろうと賭博罪が成立してしまう。


これについては、刑法学者からの批判も強い。
冒頭で紹介したものの他にも、多数の刑法学者が、「少ない金銭を賭けた場合にまで賭博罪が成立するのはおかしい」という趣旨の記載を著書にしている。
そういう刑法学者計13名の記載を私は全て集め、裁判所に証拠提出した。冒頭のものも、もちろん提出した。

しかしそれでも、判例は変わらなかった。



裁判では、「競馬やパチンコが隆盛している中で、少額の賭麻雀を処罰するのはおかしい」との主張もした。



現在、競馬は盛んに宣伝されているが、誰も文句は言わない。
AKBを使って若者をターゲットにした宣伝をしても、「若者を賭博に勧誘してけしからん」と言う人は誰もいない。

パチンコは、これが「三店方式」で賭博にあたらないとしても、実質的には賭博と同じ機能を持つ。
しかもそこで動くお金は、ピンの麻雀の5倍、テンゴの麻雀の10倍程度である。
パチンコでは10万円の勝ち負けが日常茶飯事だが、ピンやテンゴの麻雀で10万円の勝ち負けはあり得ない。
しかし、パチンコを取り締まろうという動きはない。

競馬やパチンコが隆盛しても、誰も文句を言わない。
現代は、賭博に対して寛容な社会となったのである。
そのような中で、ピンやテンゴの麻雀を処罰して刑罰を与えるのは、一般社会通念に合致しないし、あまりにも不公平である。


こういう主張を強くしたのだが、認められなかった。


裁判所は、競馬について、
「関係法令の規制下にある公営賭博とそれ以外の賭博は一線を画している」
と判断した。

パチンコについては、何も根拠を示さず、
「パチンコに関する主張についても、それが本件行為の違法性に影響を与えるとはいえず」
と判断した。
パチンコがどうかと麻雀がどうかとは無関係である、という趣旨なのだろうが、その根拠を示してくれなかったのは残念である。


私としては全力を注いだのであるが、結論として無罪は勝ち取れず、みずからの力不足を痛感した。


ただ、言い訳になってしまうことを承知で書くと、裁判所は、従来の判例を覆す画期的な判断は、めったにしない。
それは、三権分立からの配慮である。

従来の判例を覆すというのは、ルールを変える、ということである。
ただ、国のルールを決める権限は選挙で選ばれた政治家が持つというのが、民主主義の大原則である。

裁判官は選挙で選ばれたわけではないので、ルールを勝手に変えてはいけない、と気を使う。
なので、ルールを変えるような画期的な判断をすることはめったにない。

仮に、判例を覆して、「ピンまでは合法」という判決を出したら、それは、裁判所が「ピンまでは合法」という新しいルールをつくった、ということになってしまう。


だから、なかなかそういう判断をしてくれない。


やはり、本気でルールを変えようと思ったら、政治に働きかけないといけないのである。

2012年11月23日 (金)

麻雀のイメージとギャンブルへの偏見

昨日のアメトークは”麻雀芸人”だった。
出演芸人さんたちの麻雀愛が伝わってきてとても良かった。
「農林水産省」や「福建茶葉使用」が役満に見えるという陣内さんに爆笑。
「世界平和」を「せかいピンフ」と読んでしまう私も似たようなものだ。

番組冒頭では、宮迫さんが「麻雀は世界一面白いゲーム」と言っていた。
まったくその通りである。


麻雀は、本当に素晴らしいゲームなのだが、そのイメージは、いまだにあまり良くない。
3度の飯より麻雀が好きなある友人は、お見合いの席で「趣味は麻雀です」と言えず、「趣味は家庭菜園です」と嘘をついていた。
その後の進展がなかったからよかったものの、あのままもし話が進んでいたら、彼は結婚詐欺でうったえられたかもしれない。


麻雀のイメージが悪いのは、麻雀=ギャンブル、ギャンブル=悪、と世間に思われているからだ。


たしかに、麻雀をする人のほとんどが賭け麻雀をしていることは事実である。
ただ、それで身を持ち崩すかというと、そんな人はいない。
麻雀で家を失った人がいる、と誰かに聞いたことがあるが、そんなのは都市伝説か、あっても超レアケースである。
株取引で家を失う人の数に比べれば、ものの数ではない。


ギャンブル=悪、というのは、日本ではある意味常識なのだろう。
しかし、ギャンブル=悪、という理屈に科学的根拠は何もなく、これは完全に偏見である。


刑法には、賭博罪があるが、傷害や窃盗などと違い、賭博罪には被害者がいない。賭博をしたからといって、誰かを直接傷付けるわけではない。
では、どういう理屈で賭博が処罰されるかというと、最高裁判所は
「賭博は働く意欲をなくさせる。また、賭博は他の犯罪を誘発する。ゆえに賭博罪が存在する」
としている。

ギャンブルをすると、働かなくなるし、犯罪者になる、というわけだ。

しかし、この理屈には、実は科学的根拠はない。
ギャンブルに対するきちんとした調査が、日本ではされたことがないのである。


海外には、調査例がある。

1954年、スウェーデンで、世論調査研究所によってギャンブルについての大々的な調査がおこなわれた。
その調査結果は
「賭博常習者は、そうでない人よりも、勤労意欲旺盛」
であった。
ギャンブルすると働かなくなる、という理屈と正反対の調査結果が出たのだ。
これは分かる気がする。
競馬好きは、熱心にデータを集めて読み込む。
麻雀好きは、戦術研究に力を入れる。
怠け者では、ギャンブルを趣味にはできないものである。


イギリスでは、1949年に第2次王室委員会が組織され、ギャンブルについての大々的な調査がなされた。
その結論は
「賭博を重大犯罪の直接原因と考えるのは無意味」
「賭博を小犯罪の直接原因と考えるのも、現在ではまったく重要性がない」
であった。
イギリスでは、この調査を受け、賭博が合法化された。


ギャンブルをすると働かなくなって犯罪者になる、だからギャンブルは悪である、という理屈は、少なくとも海外の調査では否定されている。

日本でも、一度調査をした方がいい。
そうすれば、多くの日本人が持っているギャンブルへの認識が偏見であることが分かるはずだ。


ギャンブルへの偏見が弱まれれば、麻雀のイメージもおのずから上がるはずだ。
そうなれば、この素晴らしいゲームの愛好者は爆発的に増えるだろう。

そんな日が本当に来るか・・
いや、きっと来ると信じるw

そのためなら、私は、できる限りのことをしていきたい。

2012年11月21日 (水)

麻雀と賭博罪

おととい、麻雀の業界誌「麻雀新聞」の取材を受けた。

雀荘が賭博罪で検挙された事件の弁護を私が担当したので、その件の取材だ。


日本人に親しまれている3つのギャンブルと言えば、競馬・パチンコ・麻雀であるが、法律的な扱いは各々異なる。


競馬は、競馬法のもと、合法賭博である。

パチンコは合法賭博ではないが、「3店方式をとっているので、賭博にあたらない」と解釈されており、検挙されることはない。


一番割りを食っているのは麻雀だ。


賭け麻雀が世間一般にされていることは周知の事実であるが、検挙されることはほぼ皆無である。


しかし、いわゆる「フリー雀荘」は、ごくまれに検挙される。

①店が暴力団とつながっている場合
②賭け額が大きい場合
などに検挙されることがあるのだが、今回は、暴力団とのつながりが全くなく、レートもテンゴ(1000点50円)とピン(1000点100円)という健全な店が検挙されたので、業界に大きな衝撃を与えた。


なお、雀荘などで「ピンまでは捕まらない」などと豪語している人がたまにいるが、これは間違っている。
警察がその気になれば、ピンはおろかテンゴであっても、賭博罪で逮捕されてしまう。


今回の事件については、おそらく、派手に宣伝していたので検挙されたのであろう。


賭博罪は風紀に対する罪なので、「公然性」が強くなると、違法性が強まる。

ドイツ刑法やフランス刑法は、公然性が賭博罪の要件となっている。
日本でも、明治初期の刑法草案では、公然性が賭博罪の要件となっていた。
「公然性」は、賭博罪のキーワードである。


大学生が部室でする麻雀やサラリーマンが同僚とする麻雀(セット麻雀)が逮捕されないのは、その麻雀が知れているのが仲間内だけで、公然性がないからである。

一方、フリー雀荘が派手に宣伝すると、多くの人の知るところとなり、公然性が増す。
そうなると、検挙される可能性が高まる。


店というのは、営業努力しないとつぶれる。
しかし現状の法律では、フリー雀荘は、営業努力すればするほど、検挙される可能性が増す。
捕まりたくなければ、宣伝などせずに、ひっそりと営業しながら少ない利益で細々とやっていくしかないのである。


ただ、賭け麻雀が世間一般にされているのはみんな知っている。
医者・弁護士・政治家・警察官・学校の先生など固い職業の人たちの中でも、賭け麻雀をしたことがある、という人はたくさんいる。
「賭け麻雀」という大きなくくりでとらえれば、賭け麻雀自体に、公然性があるといえるのだ。


そのような中で、「賭け麻雀はごくまれに捕まる」というあいまいな法律状態は、断じておかしいと思う。


著名な刑法学者の中にも、「一般的な賭け麻雀を違法とするのはおかしい」と著書に書いている人はたくさんいる。
法改正をすべきである。


賭け麻雀と法律の問題は、私が力を入れている分野である。
これからも、折にふれブログに書いていきたい。

2012年11月18日 (日)

競馬のイメージアップ

私の地元京都では今年最後のG1レースとなるマイルチャンピオンシップが、今日開催された。
苦しい時期を乗り越えて久々にG1を勝った武豊騎手、おめでとうございます。


競馬は本当に面白い。
コナン・ドイルやアガサ・クリスティを輩出したイギリス発祥の競馬には、極上のミステリーの雰囲気が漂う。
虚実入り混じる多くの要因を整理・検討して、多くの「容疑者」の中からゴール版を通過する「犯人」を推理する。
その推理が的中したときの快感たるや・・自分がシャーロック・ホームズやエルキュール・ポワロと同等の頭脳を持っているかのような気分になる。
まあ、私個人は、いつも”迷探偵”なのであるがw

そんな競馬であるが、言うまでもなく、これは賭博である。
過去には、競馬の賭博性が社会問題になった時代もあった。
たとえば昭和35年には、内閣総理大臣の諮問機関として「公営競技調査会」が設置され、競馬など公営競技のあり方が検討された。

しかし、現在は、競馬の賭博性は全く問題になっていない。
テレビCMがバンバン流れても誰も文句を言わない。
JRAがキャンペーンにAKB48を起用しても、「若者をターゲットにして賭博の宣伝をするなんてけしからん」という声は聞かれない。

JRAの巧みな戦略で、競馬のイメージは劇的に上がったのである。
武豊騎手のような爽やかなルックスのスターが登場したことも、イメージアップに大きく寄与した。

日本は、ギャンブルへの偏見・抵抗感が、世界の中でもとくに強い国である。
しかし、競馬のイメージアップを見ていると、ギャンブルそのもののイメージが上がる日も必ず来ると思う。

競馬の本質は、ギャンブルである。
ギャンブルが根源的な悪であるならば、競馬などが公認されるはずはないし、それが国民に受け入れられるはずもない。
かつてJRAがやったように、やり方次第では、ギャンブルそのもののイメージを上げることも絶対に可能なはずだ。

そのためには具体的にどうすればいいのか・・

そんなことを考えながら、外れ馬券をにぎりしめて、武豊騎手の勝利インタビューを聞いていた。

トップページ | 2012年12月 »