津田岳宏の事務所

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2012年12月30日 (日)

全雀連の会長

全国麻雀業組合総連合会(通称 全雀連)という組織がある。要するに麻雀店の組合である。

そこの理事長を平成23年まで14年間にわたって務め、現在は会長である木下裕章氏の著作「麻雀屋からマージャン倶楽部へ」を読んだ。

ちなみに、氏は日本麻雀政治連盟の副会長も務めていて、私が政治連盟のシンポジウムに招かれたきには大変親切にしていただき、卓を囲ませてもらったこともある。
そのときは、木下氏と私のほか、政治連盟会長・今の全雀連理事長・小島武夫プロの5人で2抜けで麻雀したのであるが、小島プロがえんえんと濃いウイスキーを飲みながら打つのに度肝を抜かれた。
それでも結果は小島プロの1人勝ちだったのでさすがである。
小島プロというと華のある大物手が代名詞だが、実際打ってみると、守備が非常に巧みである。大きい手に打ち込まないように細心の注意を払って局を進め、チャンス手をしっかりモノにしてトップを取る、という麻雀だった。



木下氏は、一貫して麻雀のイメージアップに取り組んできた人である。
上記著作によれば、氏がはじめて全雀連の理事会に出席した昭和55年ころには、理事会の中にパンチパーマの人、サングラスの人、小指に大きな金の指輪をしている人などがいて、世間で雀荘は「麻雀屋」と呼ばれていて、若い女性が店の前を通るときに避けて通るほどいかがしい場所だと思われていたのだという。

氏は、いかがわしい「麻雀屋」を紳士の社交場である「マージャン倶楽部」へ変えるべく、平成6年に全雀連理事長に就任した後、様々な活動をした。
理事長就任直後の所信表明演説では、「月1回の理事会には必ずネクタイを締めてきてください。麻雀のイメージを麻雀店の店主から変えていきたい。万一ネクタイを締めるのを忘れた人は、その日の理事会を欠席してください」と言ったそうだ。


氏が14年間の理事長としての活動を振り返ったときの主な成果は、
①大学対抗麻雀選手権大会の主催を毎日新聞にしてもらえるようにした
②第1回世界麻雀選手権大会を10か国、120人の選手を集めて開催した
③厚労省へのアピールがみのり、ねんりんピックに麻雀が正式種目として参加できた
④麻雀店でクレジットカードを利用できるようにした
⑤インターネットで組合員の店を紹介できるようになった
などである。


私は麻雀のイメージが悪いと常日頃から嘆息しているが、氏の著作を読むと、数十年前の麻雀のイメージが今よりもはるかに悪く、それが現在はかなり改善されたということもよく理解できた。
今は少なくとも、街の雀荘を若い女性が避けて通るような光景は見られない。
それどころか、雀荘の客や従業員に、若い女性がどんどん増えてきている。
イメージアップに向けた業界の努力が状況を少しずつ改善させていることは事実であり、それが大きな花を咲かせる日も近いのかもしれない。


ただ、昭和55年ころは若い女性が街の雀荘を避けて通っていたのであり、そのときに若かった世代(現在の年配世代)は、今でも麻雀店には悪いイメージを持っている人が多いだろう。
人がいったん持ったイメージは、なかなか覆らない。
麻雀への法規制を変えるには政治が動かねばらならないが、今の日本の政治を動かしているのは、年配の世代である。若い世代は、数も少なく、投票率も低く、影響力も低い。
年配の世代が持っている麻雀のイメージをどう覆していくかが大きな課題だと個人的に思う。
木下氏も著作の最後に、麻雀界はまだまだ遅れている所があって、次の指導者が引き続き改革していかないといけないと書いていた。
イメージが劇的に変わる日、その日が待ち遠しい。

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