津田岳宏の事務所

無料ブログはココログ
2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

« 2013年2月 | トップページ | 2013年4月 »

2013年3月

2013年3月30日 (土)

生活保護者のギャンブルする自由

最近のニュースから。


まずは、全雀連が民主党から選挙支援の要請を受けたというニュース。
麻雀業界が政治家とつながりを持つことをとても良いことで、喜ばしい。

まあ、このニュースを知って私は、小学生のときに”クラス内権力闘争”で負けた一方のリーダー格が、ふだん全く目立たないクラスメイトに近付いてやたら仲良くして捲土重来を期していたときの光景を思い出したが・・('~`;)

それはさておき、麻雀界にとって基本的に歓迎すべきニュースであることは間違いない。



次に、兵庫県小野市が、生活保護等福祉給付を受けている人に対しパチンコや競馬などで浪費することを禁じ、浪費を常習的にしている人を見つけたらその情報を市に提供することを市民に課す条例をつくったというニュース。


生活保護の支給日に役所の廊下で大声で「パチスロ行こうやー♪」などと話している受給者を市長が見て、制定を決めたのだという。

パチスロ行こう♪って、おばあちゃんに小遣いもらった大学生かwww
生活保護は国民からのお小遣いじゃねーぞwww

条例には、私は大賛成である。


もっとも、反対する人もいるようだ。

「市民に監視義務を負わせ、監視社会につながる」
「生活保護者の自由を過度に制限することになる」
などが反対の理由である。

しかし、この条例は、もらった生活保護をギャンブルで浪費して生活に支障をきたす状態を”常習的に”引き起こしている人の情報を提供することを市民の責務にしているにすぎない。

しかも、提供しなくても罰則はないし、逆に、提供しても報奨金などはない。

要するに、「責務」と言っても、その実体は、情報を提供するよう市民にお願いしているにすぎない。

この程度の条例で監視社会につながるわけがない。



条例が禁止するのは、生活保護者が生活に支障をきたすほどにギャンブルで”浪費”することであり、ギャンブルそのものは全面的に禁止してない。

一生懸命働いてつつましやかに生活している人の税金から払われている生活保護がギャンブルに浪費されたとあっちゃ、国民感情が許さないだろう。



生活保護者がギャンブルで浪費してお金がなくなったときにどうするかというと、それはヤミ金から借りることが多い。ヤミ金からすると、生活保護は下手な給料よりもよほど確実な”担保”なので、簡単に貸してくれる。
ヤミ金から借りて、次の生活保護で返すわけである。
しかし、返すと、その月のお金が足りなくなるので、また借りる。
そうやって、返して借りるを繰り返すようになり、結果、支給される生活保護の相当部分がヤミ金に流れることになる。
生活保護者の浪費は、不正産業の温床にもなっているのである。


このような事態を防ぐ観点からも、優れた条例であり、今後、各都道府県で導入されていくべきである。


生活保護者にギャンブルする自由が全くないとは言わないが、税金から支給されるという生活保護の性質上、その自由は相当程度制限されると考えるべきだ。



最後に一点。

この条例で生活保護者の自由が制限されると反対するような人たちは、賭け麻雀合法化などといったときにも、間違いなく大反対してくる。

生活保護者にはパチンコする自由があって、しかし、しがない給料から真面目に納税している一般サラリーマンにテンゴ麻雀する自由はないということか。

このへんの感覚は全く理解しがたいのであって、そういう人はマインドコントロールを受けているのだとしか思えない。


よろしければクリックお願い致します→

人気ブログランキングへ

2013年3月17日 (日)

求む!最強雀士

囲碁の井山裕太が史上初となる6冠を達成し、話題になっている。

井山6冠は、平成生まれの23歳。
これまでの強豪と比べたときの彼の際立った特徴は、ネット碁で強くなったということ。

彼は師匠と1000局以上も練習を対局をして、そのほとんどはネット対局だった。
インターネットの大会にも多く参加し、10代のとき既にネット碁の世界では超有名だったという。

囲碁将棋や麻雀などの頭脳ゲームにおいて、若手に対するベテランのアドバンテージは、「実戦を重ねた得た経験」であった。

しかし、ネットの登場で、若い世代でも容易に多くの実戦を積むことが可能になり、そのアドバンテージはなくなりつつあるのだろう。
井山6冠の誕生は、その象徴だ。



麻雀界にも、井山6冠みたいな人が出てきてくれないかと期待する。
6冠のような、パッと見どこにでもいそうな風貌の若者が、いかつい見た目のプロ雀士たち相手に圧倒的な強さで勝ち続けたら、世間も少しは話題にしてくれそうに思う。
私自身は、ネット麻雀はあまりしないアナログ麻雀ファンだが、今後圧倒的強さを持つ雀士があらわれるとしたら、それはネット麻雀からだと思っている。
ネットなら手軽に多くの対局ができるし、牌譜の再生も容易で、反省や検討もたくさんできる。
井山6冠のネット対局の効用には、10代のときに怖い大人と対面して対局しなくて済んだおかげで、萎縮せずに自由な発想でたくさん打てたということもあるという。
これはなるほどと思ったし、麻雀には、いっそう当てはまるだろう。


私自身はアナログファンで、「流れが悪い」なんてしょっちゅう言うし、「今日はツイていないからダマ」なんてこともする道楽麻雀だが、最強雀士としてメジャーメディアで話題になるためには、「デジタル」を極めていることが必須だろう。
囲碁や将棋と同等の、科学的根拠を持った強さが必要である。
「科学する麻雀」の内容は全部暗記しています、ぐらいの人が理想だ。
「何であそこで③切ったのですか?」と聞かれて
「アガり期待値32パーセントで一番高いので。第2候補の五切りの期待値は29パーセントなんで3パーセントの差は大きいです」
なんてすらすら答えられるような。

ネットを利用して圧倒的多数の対局をし、圧倒的多数の検討をし、局面ごとの期待値を驚異的に暗記し、科学的根拠のない「経験」ではなく、科学的に説明できる「知識」と「計算」で、圧倒的な強さを見せる。
そういう最強雀士が出てきてくれたらいいなあ( ̄▽ ̄)

よろしければクリックお願い致します→

人気ブログランキングへ

2013年3月14日 (木)

今でしょ!・・もまた

「今でしょ!」の決めゼリフで人気沸騰中の予備校講師・林修氏もまた、「嫌いな方ではない」人である。


氏は、高校時代は麻雀にハマり、大学時代はパチンコにハマり、卒業後は競馬にハマッたらしい。

うーん、親近感湧くわw


氏は東大法学部卒である。
高学歴者にも、ギャンブル好きは多い。京都の雀荘にも、K大生やD大生の常連やアルバイトがたくさんいる。
大学受験は一発勝負で、人生の大きな”ギャンブル”である。そこを運良く通過した人間は、そのときと同じ快感を求めて小バクチを趣味にする人が多いのだ、と私は思っている。掲示板で番号を見つけたときと、買った番号の馬がゴール板を通過したときには、脳内で同じ現象が起きているはずだ。
この先、林氏の教え子からもたくさんの有望なギャンブラーがうまれることだろう(笑)


官僚や政治家は、基本的に高学歴である。
だから、彼らの中にも”隠れファン”は絶対多いはず。彼らだって決して”嫌いな方ではない”
世の中の流れでちょっとしたきっかけがあれば、彼らは、ギャンブルへの規制を緩和する見事な法律を迅速につくってくれるはずである。


人気講師の林氏は超多忙で、年200日はホテルで泊まるらしい。
「競馬であり得ない額を負けていて、競馬でつくった借金が激しく働くエネルギーにつながっていた」といいとものテレフォンショッピングで話していた。

うーん、嫌いな方ではないどころか、筋金入りだなこの人は('~`;)


まあしかし、未来のエリートを育てる人気予備校講師が、お昼の番組でそんなことを言っても「あははは」で終わる世の中である。

テンゴやピンの雀荘など、違法にしておく理由は何ひとつない。

よろしければクリックお願い致します→

人気ブログランキングへ

2013年3月 6日 (水)

法の神様もギャンブル好き

過去にスウェーデンでおこなわれた調査では、ギャンブルを趣味とする人はそうでない人よりも勤労意欲旺盛、という結果が出ている。

事実、偉人といわれる人にも、ギャンブル好きは多い。
今日はそのうちの1人を紹介する。


1891年(明治24年)、日本を訪問中のロシア皇太子ニコライが警備していた警察官・津田三蔵に斬りつけられるという事件が起きた(大津事件)。
当時の日本は、大騒動となった。
なにせ、ロシアは超大国である。
怒ったロシアが攻めてきたら弱小の日本なんかひとたまりもない・・とみんなおおいに心配した。
寺や神社ではニコライ治癒を祈祷し、学校は謹慎の意を表して休校した。ニコライのもとには、1万通以上の見舞い電報が届いたという。
日本中が総力結集して「ごめんなさい」をしたのである。
なかには、「死をもって詫びる」として京都府庁の前でカミソリで喉をつき自殺した民間女性もいたというのだから、激しい。

犯人の津田三蔵に対しては、日本中が「何すんねんお前wwwwww」である。
「津田」性及び「三蔵」名の命名を禁じる条例を決議した県もあったほどだ。
当時の「津田さん」たちは、みんなホントに肩身がせまかったろう、同情する。

そのような状況のもと、津田三蔵は裁判にかけられたのだが、問題になったのは、適用される罪である。
当時の刑法では、天皇や皇太子など皇室に危害を加えた場合は死刑、と定める「大逆罪」があった。
しかし、大逆罪は、あくまでも日本の皇室を被害者とする罪であった。
外国の皇室を対象にした罪はなく、法律上は、ニコライは日本の民間人と変わらない扱いであり、津田は謀殺未遂罪となって死刑を適用することができななかった。

しかし、とくに政治家たちは、みんなロシアが怖い。
伊藤博文や松方正義などの大物政治家は、裁判所に対し強い圧力をかけてきた。
津田に対しては大逆罪を類推適用して是が非でも死刑にすべきである、と。

ここで出てくるのが、当時の大審院長であった児嶋維謙である。
大審院長は、今でいう最高裁判所長官、つまり、裁判所のトップだ。

児嶋は、「刑罰は法律に基づいて決めるべき(罪刑法定主義)」という大原則を破るわけにはいかない、という信念のもと、担当裁判官たちを説得し、結果、津田は、謀殺未遂罪で無期刑となった。

この児嶋の対応は、「司法権の独立」をきっちり守った、として国内外から高い評価を受けた。
児嶋は、「護法の神様」と呼ばれることになる。


さて、この法の神様だが、事件の翌年である1892年にスキャンダルに巻き込まれる。
花札賭博をしたとして、他の裁判官5名とともに懲戒裁判にかけられてしまったのだ。
裁判自体は、証拠不十分で免訴であったが、児嶋は、責任を取って辞職した。

証拠不十分とはいえ、児嶋が花札をしていたことは事実だろう。
護法の神様、児嶋維謙。
彼もまた「嫌いな方ではない」男であった。
法律家としての熱い信念とゲームに興じる少年の心をあわせ持ったこの児嶋という人を、私は心から尊敬している。

それにしても恐ろしきは国家権力である。
事件の翌年のスキャンダルというタイミングからして、大物政治家の圧力を無視し「逆らった」ことが影響しているのは間違いない。
たとえ裁判官であっても、この国では、出る杭は全力で打ちにいくww

よろしければクリックお願い致します→

人気ブログランキングへ

2013年3月 2日 (土)

ギャンブルと不労所得

ギャンブルが犯罪として処罰される根拠について、最高裁判所は第一に「国民をして怠惰浪費の弊風を生ぜしめ、健康で文化的な社会の基礎をなす勤労の美風を害する」ことを挙げている。

ギャンブルは、楽して稼ぐうまみを覚えさせて労働意欲をなくさせるものだから犯罪として処罰する、というわけだ。

しかし、この解釈は誤っている。

ギャンブルは儲かるものではなく、それゆえ、ギャンブラーは儲ける目的で賭けてはいない。
もちろんギャンブラーは、勝つために全力を尽くす。
しかし、確率的にはトータルでマイナスになるのは分かっている。
トータルでは必ずマイナスになるが、一時的には勝ったりもする。勝ったり負けたりするそのスリルを金で買っているのである。


負けるのが分かっていて勝つために全力を尽くす。


ここに、ギャンブラーの矜持があるのだ。

たまに、「俺は競馬で大穴取った日にスッパリやめたんだ。バクチの必勝法、それは勝ち逃げだぜ。」なんて自慢する人がいるのだが、ほんとヤボだなと思う。
勝つためだけにしたいのであれば、それは小学生のテレビゲームと同じだ。コンティニューできない「負け」にこそ、大人の遊びの味わいがある。

おもしろうてやがてかなしきバクチかな

負けのわびしさを味わえていない人がギャンブルを語るのは滑稽である。

まあ、興味ない人からすれば全く理解できないだろうけど、私も、登山を趣味にしている人に「休みの日にしんどい思いをして高いところに登るだけ。それのどこが楽しいの?」と思うし、趣味とはそういうものである。



一般庶民のギャンブルは全て趣味である。

麻雀についていえば、テンゴやピンのフリー麻雀でトータルプラスに持っていくのは神業に近く、生活できるだけの金を稼ぐことは不可能といってよい。
これを認めたところで、人々の労働意欲をなくさせることになるはずがない。
むしろ、ストレスを解消させたり、また遊ぶためにがんばって働こうと思わせたりして、プラスになる側面の方が多いはずだ。
この点、約50年前にスウェーデンの世論調査研究所がおこなった調査では、「ギャンブルを趣味とする人は、そうでない人よりも勤労意欲が旺盛」という結果が出ている。
実際、世界の大金持ちには、ギャンブルを趣味にする人も多く、カジノ業界で「ハイローラー」と呼ばれる彼らは、一晩で億を超える金をカジノで使ったりする。そういう金は、日本にも落としてもらえるにすべきである。



だいたい、最近は本屋に行くと”不労所得のすすめ”的な本が多い。
作者はおおむね脱サラして起業や投資で成功している人たちだ。
こういう本には、ビジネスや投資のコツとともに、サラリーマンがいかに不遇か、ということも書かれている。
とくに若い人の本で過激なのだと、「サラリーマンに未来はない」「大企業は時代遅れ」「できる人間はみんな脱サラしている」などと書かれていて、まるで、コツコツ働くサラリーマンはみんなバカ、という論調である。
多くの日本人はサラリーマンで、そういう人たちの労働で国が支えられているのに、サラリーマンはバカだ、なんて本は明らかに労働意欲を減退させるもので、「健康で文化的な社会の基礎をなす勤労の美風」を保護する観点からは、こういうのをしょっぴいた方がいいんじゃないのか。

雀荘の常連には、”不労所得者”がけっこう多い。
麻雀はホントに魅力的なゲームだし、時間があってお金もある人には、雀荘は絶好の場である。
そういう不労所得者たちは、そうでない常連から、「くそー、働いてもいない奴に負けたー。俺はちゃんと仕事してるのに不公平だー」なんて冗談まじりに言われることもあり、彼らは苦笑していた。
ただ少なくとも、「俺は不労所得者だから偉い」なんて素振りはひとつも見せなかった。
おそらく、働かずに生活していることへの引け目を、ある程度は持っていたのだろう。

しかし、最近の若い投資家の本などは、「コツコツ働くのはバカで、不労所得で稼ぐのが偉い」なんて論調で、それには少し違和感を覚える。
税金をちゃんと払う以上、儲けるのは自由だし、そのノウハウを本にするのも自由だが、アピールしたいがために労働者をバカにして労働意欲を減退させるようなことを書いちゃうと、それはちょっとマズイんじゃないのか。
憲法27条1項には勤労の義務が定められていて、勤労の美風を害するのは刑事処罰の根拠になると最高裁判所も言っている。

まあもちろん、表現の自由というのはもっとも守られるべき権利なのではあるが、ただ、テンゴ雀荘でコツコツ働いている従業員が「勤労の美風を害する」として賭博罪で検挙される一方で、「コツコツ働くとバカを見る」なんて書かれた本が書店に堂々平積みされているのを見ると、それは不公平過ぎるでしょ、と強く思う。


ギャンブルに肩入れするような奴が道徳を語るのかよwって人はクリック→

人気ブログランキングへ

« 2013年2月 | トップページ | 2013年4月 »