津田岳宏の事務所

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2014年10月

2014年10月 5日 (日)

偉人の強運ー岸信介編

麻雀漫画では,政治家とか医者とかの社会的成功者は運量が多く配牌もツモも素晴らしく良い,なんてシーンが出てくることがある。
デジタル雀士の僕は,んなわけねえだろ,とツッコんでいるのだが,歴史に名を残すような人の偉業の裏では,異常な強運が作用していることもあるようだ。

「絢爛たる悪運 岸信介伝」を読んだ。
岸信介は,日米安保改定時の首相で「昭和の妖怪」などと呼ばれた大政治家だ。現首相安倍晋三の祖父でもある。
昭和の高度経済成長やバブル景気による繁栄は,日米安保による安全保障の担保があったからこそ,という見方ができることは否定できない。
そして岸信介の人生を見れば,神様がこの男に安保改定をさせるように計らったとしか思えないような強運が連続している。


強運①  間一髪の命
太平洋戦争末期の昭和20年6月,岸のところに,地方管区の長官をしてくれないかという話がきた。
候補地は大阪・福岡・広島・愛媛などの西日本の複数箇所であったが,岸は地元山口に近い広島への赴任を希望した。
ところが翌日,担当者から侘びの電話が入った。
他はどこでもいいが広島だけは困る。広島は昨夜,自分の大先輩にあたる人に決まってしまったのだ,ということであった。
岸は仕方なく別の地に赴任したのだが,このとき希望通り広島に赴任していれば,彼は原爆に遭遇していた。
たまたま同じ時期に”大先輩”が広島を希望したことによって,彼は命拾いしたのである。


強運②  逮捕されても釈放
戦前の岸は「満州国は私の作品」と発言するくらい国家の中枢をになう官僚だった。
開戦時の東条英機内閣では商工大臣を務めており,物資動員の全てを扱っていた。
それゆえA級戦犯として逮捕され,巣鴨プリズンに収監された。
その後,岸と同じようなポジションにいた重要官僚の星野直樹・賀屋興宣は起訴され終身禁固刑の判決を受けたが,岸だけは不起訴・釈放されることになった。
この処分は,複数の幸運な事情がもたらしたものである。

GHQは起訴不起訴について,開戦直前の大本営政府連絡会議への出席の有無を重要な基準としていたのであるが,岸はこの会議にたまたま出席していなかった。
当時の岸は商工大臣という重要ポストにあり,上記会議の直前の御前会議にも直後の御前会議にも出席しているのであるが,上記会議には提出資料の関係で偶然出席していなかった。

GHQは最も重い戦争責任者は東条英機であると考えていた。
それゆえ東条内閣で大臣を務めていた岸も逮捕されたのであるが,実は岸は,戦争中に東条と対立している。
首相と大臣がもめたことで,結果,東条内閣は辞職に追い込まれた。
そういうわけで,東条と対立しクビを取った男として,岸の印象は上がったのである。
しかし言うまでもないが,当時の岸も,まさか戦後のことを考えて東条と対立したのではなく,物資政策への見解の相違で対立しただけである。

GHQ内部での権力抗争も,岸にプラスに働いた。
当初のGHQの主流派は,とにかく日本は弱体化させておけと考えだった。
しかし次第に「逆コース」と呼ばれる一派が力を持つようになっていった。
彼らは反共の砦として日本国内に同士の連携をつくるべきだと考えていた。
そしてこの一派は,優秀な官僚であった岸を「同士」の有力候補としたのである。
ついでに言うと,逆コースが力を持ち出したのは,冷戦が激化してソ連が大きな脅威になったからである。ロシア革命からの世界情勢が岸に味方したのだ。
いくつもの幸運が重なって,岸は禁固刑を免れたのである。


強運③ 消えていくライバル
昭和23年12月に釈放された岸は,それからわずか8年余り後に総理大臣に就任している。
いくら岸が優秀とはいえ,この復活の駆け上がりは早すぎる。
これにも強運が作用している。

昭和31年,次期首相は緒方竹虎がするだろうと言われていた。彼は「逆コース」のアメリカとも繋がりが深かった。
ところが彼が,心臓麻痺で急死してしまう。
慌てたのはアメリカだ。
当時の首相鳩山一郎はソ連政策に熱心だった。
アメリカは,緒方が死んでしまった今,あとは岸に任すしかない,と考えるようになった。

そういうわけで岸は昭和31年12月に総裁選に立候補する。
予想ではアメリカの後押しを受けている岸勝利の予想だったが,結果は石橋湛山に負けてしまう。
早すぎる復活を遂げていた岸への嫉妬の反感もあったのだろう。
が,見えざる大きな力が再び作用する。
総裁選から1か月後,石橋が脳梗塞で意識不明の重体となってしまうのだ。

そして石橋は辞任し,岸が総理を任されることになったのである。


首相になった岸は強いリーダーシップで安保闘争を乗り超え安保条約を改定し,その後日本は未曾有の高度経済成長を遂げる。
あのとき”大先輩”が広島を希望しなかったら,連絡会議に出席していたら,東条と政策でもめなかったら,緒方や石橋が倒れなかったら,日本の歴史は変わっていたのだろう。
歴史にイフはないとはいえ,そこに重なる「強運」には目を見張ってしまう。



晩年の岸の悲願は憲法改正であった。
その遺志は,孫の安倍晋三に継がれている。
岸は言っている。

「この国を変えるには,悪運が強くないと結局ダメなんだ。」

安倍首相が念願を達成できるかは,祖父の強運の血が受け継がれているかどうかにかかっているのではないか,なんてオカルトなことを思う。

ま,麻雀はいつでもデジタルに打つけどね。




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2014年10月 3日 (金)

雇用を奪うな

今週から臨時国会がはじまり,月内にはカジノ法案が審議入りするようだ。

まもなく,賛成派と反対派の大激論がはじまるだろう。

こういうデータを取るのは難しいかもしれないが,カジノ賛成派と反対派で,所得や資産を調べてみてはどうだろう。
一般庶民の経済状況は,まだまだ苦しい(ニュース①)(ニュース②)。
そういう苦しい庶民の中では,賛成派がきっと多いはずである。
一方,反対派の多くは,経済的に余裕のある人たちだと思われる。
所得があり資産があり,守りに入っている人たちは,カジノというリスクがありそうなものをつくってほしくないのだ。

カジノについて年齢別のアンケートを取ると,年齢が若くなるほど,賛成派が多くなる。
これも,若い人の所得や資産が少ないことが賛成意見を多くしている原因のひとつになっているはずだ。

カジノが多数の雇用を生み出し経済効果があることは,海外の例から明らかである。
たとえばシンガポールでは,2 つの IR が合計 22,000 人の直接雇用を生み出し,間接雇用も含めると約60,000 人の雇用創出効果があったと言われている。
シンガポールでは2008 年のリーマンショックによって失業率が急増し,2008 年の 2.23%から 2009 年には一気に 3.03%にまで跳ね上がった。
しかし,その失業率は IR が開業した 2010 年には,リーマンショック以前の水準に瞬く間に回復し,2010 年は2.18%,2011 年は2.03%と,ここ20 年のうちで最も低い水準にまで改善されたのである。
仕事がなかった多数の人たちが,カジノによって救われたのである。
カジノができても得するのは業者だけなどと言う人もいるが,いったい何を根拠にそんな乱暴なことが言えるのだろう。

カジノをやれば,雇用が確実に増える。
にもかかわらずそれをしないという判断は,雇用を奪うのと同じことである。
経済状況に余裕のある人たちの「何となく怖いからやめてほしい」という意見で,今現在切羽つまっている人の雇用や仕事の機会を奪うことは許されないはずだ。



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