津田岳宏の事務所

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2015年2月

2015年2月24日 (火)

賭博場開張図利罪の要件ー主宰生

昨日の続き。
賭博場開張図利罪についても,ちゃんと理解している人は少ない。

こんなケース。
AとBが将棋をして,負けた方が勝った方に1万円をやるという約束をした。Aが勝ってBから1万円をもらった。

このケースなら,勝負をしているAとBに相互的得失の関係が成立するので,賭博罪が成立する。

では,1万円を賭けた勝負をするから使用料500円で場所と道具を貸してくれと頼まれて貸した将棋クラブ店主Cの罪責はどうなるか?
この場合,Cに賭博場開張図利罪は成立しない。
Cは罪を問われるとしても,賭博罪のほう助にとどまる。

判例上,単に賭博の道具や場所を貸しただけでは,賭博場開張図利罪は成立しない。
同罪の成立には,それを超えて「賭博を主宰した」といえる事実が必要である。
そのためには,当該賭博を管理支配したと認められるだけの事実がいる。
上記のCは,単に場所を貸しただけで,AとBの勝負を管理支配したとは言えないので,賭博場開張図利罪は成立しない。
同じ理由で,いわゆるセット雀荘に同罪が成立することもない。
客が賭け麻雀をしているのを知っていてそれを黙認していたとしても,せいぜい賭博罪のほう助が成立するくらいで,賭博場開張図利罪の心配はない。


つい先日,違法パチスロ店が検挙されたとき,容疑の罪は賭博場開張図利罪ではなく常習賭博罪だった。
いわゆるゲーム喫茶とか違法パチスロ店が検挙されるときは,常習賭博でされることが多い。
これについてネット上で「なぜ賭博場開張図利じゃないの?」とコメントがされているのを見かけることがあるが,これは,ゲーム店型賭博場の場合,「主宰性」の立証が若干面倒だからである。

ゲーム店型賭博場の被疑者は,「私は客に機械を貸していただけだから主宰性がない」という主張,つまり上記Cの立場と同じ立場であるという主張をして否認することが可能なのだ(まあ賭博罪に詳しい弁護士が付かない限りこんな否認はしないであろうが)。
この否認はおそらく裁判所では通らないであろうが,少なくとも,当該被疑者の主宰性を検察側が詳細に立証する必要は生じる。
これはなかなか面倒であるし,常習賭博罪で挙げたところで最終的な量刑は変わらないので,立証が容易な常習賭博罪で検挙されるのである。
ゲーム店型賭博の場合,客の勝ち負けがそのまま店の勝ち負けになるので,店に常習賭博罪が成立するのは明白である。


フリー雀荘の場合は,勝負の結果に関わらず一定のゲーム代を徴収するので,店が客と賭けているとはいえない。
よって,ゲーム喫茶とは異なり,店を常習賭博で挙げることはできない。
そこで,フリー雀荘が検挙されるときは,賭博場開張図利罪で挙げられる。
実はこのとき,主宰性がないという主張が通れば,店は無罪になるのである。

しかし現実には,この主張は難しい。
裁判所は
①レートを店が決めている
②レートごとにゲーム代が異なる
③レートとルールを店が客に説明している
④店が預かり金を徴収している
⑤店がトップ賞を徴収している

などを根拠に,フリー雀荘が賭け麻雀を管理支配していて主宰的地位にあると認定する。

逆に言うと,上記の点が弱くなっていけば,主宰性があると言われ難くなるということだ。
たとえば,④を強制でなく任意にする,⑤をやめるなどすれば,主宰性は弱まる。
②を同一にするのはなかなか難しいかもしれないが,もし実現すれば,主宰性は弱まる。
③については,少なくとも備え付けのルール表にレートを書くのは絶対にやめるべきだ。

もちろん,僕の提案は,経営上はなかなか困難であることは十分承知している。
しかし経営者としては,賭博場開張図利罪の成立に「主宰性」が要件であることを知り,その上で,「客が勝手に賭けているだけで,私たちは場所を貸しているだけです。管理支配はしていません」と主張できるような建前をできるだけつくっていこうという姿勢を示すことは大事だ。

賭博罪は風紀に対する罪。
これにかかわる商売をする者は,なるべく風紀を乱さないでおこう,とする姿勢がなにより肝要なのだ。



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2015年2月23日 (月)

賭博罪の要件ー相互的得失

「賭博」という言葉の意味が分からない人はいない。
しかし,刑法上の賭博罪の要件を正確に理解している人は非常に少ない。

たとえば,こんな問題。

「Aが,BとCに相撲を取らせて勝った方に1万円をやると約束した。相撲をしてBが勝ったので,AはBに1万円を支払った。A・B・Cの罪責を述べよ」

これは賭博罪を題材にした昔の司法試験の問題であるが,いわゆる引っかけ問題のひとつである。
正解は,3人とも何らの罪責に問われない。

勝負があってお金が動けば,全て賭博罪になるわけではない。
参加者各自に失うリスクと得られる期待」があって,はじめて賭博罪が成立する。
また,このリスクと期待は相互的な関係であることが必要である。
これが,相互的得失の要件である。

上記の問題だと,BとCは,1万円を得られる期待はあるが,お金を失うリスクはない。
一方Aには,財産的な利益が得られる可能性はない。Aからすれば,勝負をさせて楽しんでいるのかもしれないが,それは財産的な利益ではない。
よって3者間に相互的得失の関係がなく,賭博罪は成立しない。

ゴルフコンペでたまに検挙がされるのは,参加者全員が金を出し合ってそれを賞金にあてる,というケースである。
これがたとえば,上位者には社長から賞金が出る,というスキームならば賭博罪には該当しない。


さらに,上記の問題にこういう条件が加えられればどうなるか。
「AはBとCに相撲を取らせて勝った方に1万円をやると約束し,知人達に観戦料500円で観戦しないかと声をかけた」

この場合,Aからすると,観戦者が20人を超えれば利益が出るので,Aに財産的な利益を得られる期待が成立する。
またAの立場は,観戦者が20人以下なら赤字である。
利益が出るか赤字になるかは,やってみないとわからない。Aのしていることには,ギャンブル的要素がある。
しかし,Aには賭博罪は成立しない。
Aに成立している期待とリスクは,相撲という勝負(及びBとC)と相互的得失の関係にないからである。
ちなみに上記の問題は,スポーツイベント等のビジネスモデルを単純化したものだ。


冒頭の問題は,引っかかった受験者も相当数いたようだ。
相互的得失の要件は,案外見落としがちで難しい。

勝負事があってお金が動けば,必ず賭博罪が成立するわけではない。
ギャンブル的要素があるものの全てに賭博罪が成立するわけでもない。
さらに日本では,賭博罪が成立しても,ほとんどの場合,検挙されないww

ギャンブルは単純な遊びなのだが,賭博罪は難儀なシロモノなのである。



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2015年2月 3日 (火)

賭博事犯の捜査実務

事務所の顧問である警察OBに僕がよく聞くのは,賭博罪の捜査技術についてである。賭博罪を専門とする弁護士としては,取り締まる側の当局の考え方を知ることは必須事項だ。

捜査技術というものが内部的な側面が強いからなのかもしれないが,賭博捜査について詳述している本はほとんどない。
そんな中,「賭博事犯の捜査実務」という本は貴重な1冊だ。
今ではアマゾンでも手に入らないくらい古い本ではあるが,現役の検察官2人が賭博捜査について詳細に解説している。

この本は,賭博捜査の専門知識が細かく記してあって非常に勉強になるのだが,着目すべきは,著者の検察官が,賭博罪の違法性が「程度問題」であることをはっきり認めている点である。
たとえば,序文からこんな記述がある。


賭博は人間本能に根ざしているものである
「賭ける」こと自体を悪徳と断じ切れるものではない
なにゆえにその禁止は絶対的,一義的なものではなく,弾力的,相対的なものを含んでいるかを十分に理解しておくことは,賭博犯捜査に従事するうえで,基礎的な教養であるといえよう


賭博は絶対的な悪ではなく,賭博の禁止が「弾力的」「相対的」であることを理解するのが,賭博捜査をする者にとって基礎的な教養だ,と言っているのである。
ひらたく言えば,賭博だからといって何でも取り締まるのはダメだ,と言っているのである。

ページを進めると,こんな記述もある。


判例はかなり厳しい態度を示しており,金銭は,その額にかかわわらず「一時の娯楽に供するもの」にあたらないとしているが,これを文字どおり解釈し,現金の授受があったらなんの問題もなく犯罪が成立すると速断することのないように留意しなかればならない


現役検察官が記したこの本で口すっぱく書かれているのは,賭博については,むやみに検挙してはならないということである。
その理由については,むやみな検挙は国民からの反発を招くからだと書かれている。
たとえばこの本では,小規模賭博の検挙は現行犯検挙にとどまるべきだと書かれており,非現行の賭博犯の捜査をすべきでない理由としてこう書かれている。
過去の些細な事件で,根堀り,葉堀り調べつくすことにより,市民に,警察の市民生活に対する不当な干渉という印象を与え,民心の離反を招来する幣も考えねばならない


さらに,麻雀賭博については,よりはっきりとこう書かれている。


麻雀賭博は,いわゆる素人である一般サラリーマン,学生,さらに最近は主婦などの間にも広まっている(中略)あまりにも些細,軽微な事案まで検挙しようと試みることは,市民から無用の反発を買う結果となる


ささいな賭け麻雀を検挙すると,国民からの反感を買うのでダメだ,とはっきり書かれていることは注目に値する。


以上から考えたとき,麻雀店など賭博罪との関係を考慮すべき立場の営業者すれば,風紀を乱さないための配慮を徹底し,「ここを検挙すれば,逆に市民から反発を買うな」と当局に思わせるような体制・スキームをつくればよいということになる。



しかしそれはさておき,「程度問題」であり,「弾力的」「相対的」であることを検察官自身が認めるような刑罰規定の存在は,本来,明確性の原則からすれば許されない。
もうこのブログでも何度も書いているので,飽きられるかもしれないが,新年初の更新なので一応書いておこう。

現行賭博罪は,すみやかに改廃すべきである。



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