津田岳宏の事務所

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2015年10月

2015年10月21日 (水)

野球賭博について

野球賭博が世を騒がせている昨今,テレビ局や新聞社などから複数の問い合わせがある。
皆さまこのブログを見ていただいているようで,引用していいいか等問い合わせがあるのだが,このブログの内容はどんどん引用いただいて大丈夫です。
話題になっているから今だからこそ,賭博罪が抱える大きな矛盾をひとりでも多くの人に知って欲しいと私は痛切に思っている。

なお,本件については,産経新聞が展開する言論サイト「iRONNA」にも,私の記事が載っているので,よければご参照下さい (罪に問われる賭博とそうでない賭博 法律論から見た日本の矛盾)。

野球の勝敗について金を賭けると賭博罪にあたる。
勝った方が明日のランチをおごる、という程度の賭けなら賭博罪にはならないが、金を賭けるとたとえ少額でも賭博罪にあたる、というの現在の判例理論だ。

もっとも、検察官が賭博捜査の実務について著した「賭博事犯の捜査実務」には「些細な賭けまで全て検挙することは国民の無用の反発を買うことになる」とも書かれており、たとえば勝った方が500円を払う、程度の賭けであれば,形式的には賭博罪にあたる行為ではあるが、実際に捕まる可能性はゼロといっても良いくらいだ。

そもそも,日本には競馬や競輪など合法的な賭博が存在しており,賭博それ自体は,反社会的行為とはいえないえない。

今回の件で大きな問題は,現役の野球選手が野球賭博に手を出したという点だ。
阿部珠樹著「野球賭博と八百長はなぜなくならないのか」には,「賭博は八百長のゆりかご」というフレーズが再三出てくる。
賭博において,八百長をすれば簡単に儲かるだろう,というのは誰でも思いつく。
現役選手が野球賭博に巻き込まれたときには,八百長への勧誘がされる可能性が高くなるのだ。

仮に八百長によってイカサマ賭博に加担すれば、賭博罪ではなく詐欺罪のほう助(もしくは共同正犯)に該当する。
イカサマ賭博は賭博罪ではなく詐欺罪で処罰するのが判例理論だ。
詐欺罪は重罪である。軽微罪である賭博罪よりも違法性が格段に高い。
八百長に加担することは,法律上も重罪である。

このような法律上の理屈よりもさらに問題なのは,八百長がされると,競技自体の信用性が著しく阻害され、その存在自体が危うくなるということだ
今から45年前,プロ野球最悪の八百長事件である「黒い霧事件」の影響はきわめて甚大であった。
栄光の歴史を持ち地元福岡でおおいに愛さされていた西鉄ライオンズは,観客が激減し身売りする羽目になった。その後九州は,プロ野球の球団を持たなかった「空白の時期」が約10年存在する。

1球団だけではなく,黒い霧事件の影響は,パリーグ自体が消滅寸前になるほどであった。
なんとか存続したものの,イメージ悪化による人気低下はすさまじく,パリーグの試合には閑古鳥が鳴く時期が長く続いた。
名捕手野村克也が偉大な本塁打記録を打ち立てた試合,観客はわずか7000人,試合後野村は「
花の中にだってヒマワリもあれば、人目につかない所でひっそりと咲く月見草もある」とコメントした。代名詞「月見草」誕生の裏には,黒い霧事件の影響による酷い人気低下があったのである。

さらに野球賭博の違法性が高い理由(当局が問題視する理由)は,これの胴元が暴力団だという半ば周知の事実があるからだ。
野球賭博というのは,基本的に「ツケ」でなされる。客は,コワモテのヤクザだからこそ負け分をきちんと支払い,またそういう「負け分をちゃんと回収できるヤクザ」だからこそ勝ち分もちゃんと支払ってくれるだろうと”信用して”賭けに参加するのだ。

また,野球賭博には,賭け客を増やすための独特の「ハンデ」というルールが存在する。
たとえば,ソフトバンク対DeNAという試合があったとき,単純に勝ちチームを当てるだけなら,ソフトバンクに賭ける人が殺到する。
このような場合,ハンデが大きくものを言う。
上記の場合,たとえば,ソフトバンクからハンデ「2」が与えられた場合,試合結果が
DeNAが1点差で負けたとしても,賭けのうえではDeNAの勝ちとなる。そうやって「魅力的なギャンブル」にするのだ。
ちなみにハンデは,実際はもう少しややこしく,「1.8」などと小数点付きで出されることが多い。ハンデ「1.8」の場合,ソフトバンクに賭けてソフトバンクが1点差で勝てば,賭けの上では負けなのだが,それは「8分負け」ということになり,10万円賭けていた場合,2万円は返される(払い戻される)。そうやっていわゆる「ニアミス効果」(外れなのだが当りに近付いたとプレーヤーが認識できる場面が多いほどのめり込みやすいギャンブルとなるetcパチンコにおけるアツいリーチ)を生んでいるのだ。
「適正なハンデを出すこと」が,野球賭博の胴元には必要なのだが,これをするには相当な野球知識のある者(「ハンデ師」と呼ばれる)を雇う必要があり,これもやはり,大きな組織でないとできないことになる。

結局のところ,野球賭博の胴元は,大がかりに非合法なことをできるコワモテだがある種の信用ある組織,ということになり,これは暴力団をおいて他にない。
暴力団事情に詳しいジャーナリスト溝口敦によれば,元暴力団関係者が「野球賭博の胴元は,ヤクザの中でもカネを持ち信用のあるヤクザでないとできない」と証言していたという。この点は,うちの法律事務所の顧問である京都府警捜査4課(暴力団対策課)OBの阿部氏も同趣旨のことを言っていた。

以上を踏まえ,野球協約は,野球賭博についてきわめて厳格な態度を示している。
野球賭博をするだけで1年ないし無期の失格処分,それがもしも所属球団について賭けたのであれば,それだけで永久追放処分である。

賭博じたいももちろん違法行為であり問題ある行為ではあるが,それは,刑法上は微罪である。
今回の選手たちは,法律上は,不起訴かせいぜい罰金を課される程度である。
おなじく風紀罪である覚せい剤などと比すると,法律上は軽い処分にとどまる。

しかし,野球界からは,きわめて重い処分をくだされるだろう。
それは,野球選手が野球賭博に手を出すということが,プロ野球の存立じたいに関わることだからだ。

黒い霧事件のときは,当初は1人だけが対象でそこまでの騒ぎではなかったのだが,事がおさまるかと思ったときに,多数の関与者が発覚して大騒ぎになった。
私は,プロ野球が大好きだ。
今回の件が,黒い霧事件のように波及しないことを心から願っている。
今の日本では,賭博じたいが禁止されているわけでない。
合法的にできるギャンブルは山ほどある。
スマホをいじるだけで馬券が買える時代である。
競馬に飽きれば,駅前や国道沿いのパチンコ店が待ってくれている。
麻雀だって,仲間内でこっそりと賭け麻雀するくらいなら,警察はお目こぼししてくれるのだ。
今の日本には,手を出していいギャンブルと手を出してはならないギャンブルが存在するのだ。
くだんの選手たちにそれを教えてあげる人は周囲にいなかったのか,私はそれが残念でならない。

私は,今回のような事件が起きる原因に,賭博罪が曖昧なままで据え置かれていることがあると考えている。

今の日本は,誰でも手軽に賭博ができる環境であるのに,一方で,賭博は犯罪だという建前もいまだ残っている。

そのようなグレーな状況のもと,みなが賭博と正面から向き合わないから,社会全体の賭博についての知識が欠如し,当然くだんの選手たちも知識がなく,つけ込まれるスキが生じてしまうのだ。


賭博とは何なのか。
賭博から生じ得る問題は何なのか。
やっていい賭博としてはならない賭博の境界線はどこか。その理由は何か。

これだけ賭博があふれかえっている世の中なのだから,本来そういう社会的教育が必要である。
しかし,これらはなされない。
賭博は犯罪だ,という建前が残っているからである。
そこに賭博があるのにこれときちんと向き合わないというこの国の矛盾が国民的娯楽に打撃を与えるのだとしたら,こんなに悲しいことはない。
あえて同情的な見方をすれば,本件の各選手も,そういう矛盾が生んだ犠牲者の一人といえなくもない。



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